主祭神は、市杵島姫命、湍津姫命、田心姫命の三女神。平城天皇大同の御代に大納言雄友卿の痘瘡を平癒。 伊予痘瘡の宮として民間信仰を集めたとされ、後鳥羽天皇元暦元年には佐々木盛綱の祈願を入れ日没の太陽を再び天空に戻したとする伝説がある。 また、松山城築城の折の伝説として「お豊石」がある。 これには、「丸に弐の字お豊石」と余戸カルタに詠われる伝説と「仇討ち悲運の豊姫」伝説の二通りの説がある。 境内は比較的広い。本殿、拝殿は火事で消失、仮宮となっている。神門、手水舎は残されている。